今年は災害が多いです。 遠く離れた故郷を思う気持ちは、ひとりではありません|能登半島地震の災害ボランティアで感じたこと
この記事で一番お伝えしたいこと
遠く離れた場所で暮らしていても、故郷やご家族を心配している気持ちは、決してひとりだけのものではありません。
私は2024年6月、令和6年能登半島地震の被災地へ災害ボランティアとして伺いました。 この経験をこれまでホームページでは大きくお伝えしてきませんでしたが、最近、お客様との会話の中で石川県や能登半島にゆかりのある方が思っていた以上に多いことを知り、今あらためて書き残しておこうと思いました。
- 2024年6月5日から、能登半島で災害ボランティアに参加しました。
- 私自身は宮城県岩沼市生まれで、東日本大震災でも故郷へボランティアに行った経験があります。
- 能登では被災された方、珠洲出身の方、ドイツから来た方など、忘れられない出会いがありました。
- 最近、内窓や断熱リフォームのお客様から「石川に親戚がいるんです」とお聞きすることが増え、この話を公にすることにしました。
これまでニュースレターなどでは少しご紹介してきたのですが、インターネット上のブログとして書くことには、どこかためらいがありました。 「ボランティアへ行ったことを会社の宣伝にするように見えないだろうか」と思っていたからです。 けれど最近、お客様との何気ない会話を通して、少し考えが変わりました。
内窓のお客様との会話から、この話を書こうと思いました
こんにちは!東京都多摩市と世田谷区を拠点に活動する断熱リフォーム会社 株式会社リフォームダイレクト LIXIL窓マイスターの小笠原です!
普段、私は内窓・二重窓・窓断熱やシステムバスなどのご相談で、お客様のお宅へ伺っています。
その中で、何かのきっかけから能登でのボランティアの話になったことが何度かありました。
天気の話や災害のお話をすると、お客様からこんなお話を伺いました。
- 「実は石川県が故郷なんです」
- 「能登に親戚が住んでいるんです」
- 「知っている場所が被害に遭いました」
- 「現地へ行ってくださったんですね。ありがとうございます」
「ありがとうございます」とまで言っていただいたとき、私は少し驚きました。
私はそのお客様のご家族のために直接何かをしたわけではありません。 それでも、遠く離れた東京で暮らしながら故郷やご親戚を心配されている方にとって、 「自分の近くにも、あの場所へ行った人がいる」 ということが、何か心に触れるものだったのかもしれません。
それならば、これは自慢するためではなく、誰かの気持ちに少し寄り添うために書いてもよいのではないか。
そう思ったことが、今回このブログを書くきっかけです。
私が能登へ向かった原点は、2011年の東日本大震災でした
私が能登半島地震をどうしても人ごとだと思えなかったのには、理由があります。
私自身、宮城県岩沼市の生まれだからです。
岩沼市は2011年3月11日の東日本大震災で、大きな津波被害を受けました。 岩沼市の公式記録では、津波による浸水面積は約29平方キロメートル、 市域の約48%に及びました。
当時、私はすでに東京で生活していました。
それでも、生まれ育った場所がどうなっているのか。 昔から知っている人たちは無事なのか。 心配で仕方がありませんでした。
実際に、兄の大親友や、私の小学校時代の仲間も震災で犠牲になりました。
そのため2011年、私も岩沼市へ災害ボランティアとして向かいました。
被災した故郷へ久しぶりに戻り、そこで活動していたときのことは今でも覚えています。 私が寝泊まりしていた車中泊していた公園やホテルまで、小学校時代の幼なじみたちが仕事を終えてから駆けつけてくれました。
久しぶりに顔を合わせて、いろいろなことを話しました。 大変な出来事の中ではありましたが、故郷で昔の仲間たちと再会した時間は、今も心に残っています。
だから私は、被災地から離れた場所で生活しながら、 「故郷は大丈夫だろうか」「親戚はどうしているだろうか」 と考え続ける気持ちが、少し分かります。
2024年1月1日に能登半島地震が発生したとき、その記憶が重なりました。
「自分にできることが少しでもあるなら、行ってみよう」
それが、能登へ向かった一番の理由でした。
2024年6月5日、能登半島の災害ボランティアへ
令和6年能登半島地震は、2024年1月1日16時10分に発生しました。 マグニチュード7.6、石川県では最大震度7を観測した大きな地震でした。
私が現地へ向かったのは、それから約5か月後の2024年6月5日です。
ところが、そのわずか2日前の6月3日、石川県能登地方で再びマグニチュード6.0、 最大震度5強の地震が発生しました。
その影響もあり私が到着した時期には、安全上の理由から屋内で行うボランティア活動が制限されていました。
私たちが向かったのは、珠洲市と穴水町の境に近い海沿いの地域でした。
津波の被害を受け、建物やまちのあちこちに震災の爪痕が残っていました。
私は現地に寝泊まりしながら、延べ4日ほど活動に参加しました。
| 活動時期 | 2024年6月5日から、延べ約4日間 |
|---|---|
| 活動地域 | 石川県・珠洲市と穴水町の境に近い海沿いの地域 |
| 参加した理由 | 東日本大震災で故郷の岩沼市が津波で被災し、2011年にも災害ボランティアへ参加した、津波被害ボランティアの経験があったため |
| 当時の状況 | 現地入り2日前の6月3日にも最大震度5強の地震が発生。安全確保のため活動内容にも制限がありました。 |
「ありがとう」と言ってくださった方々
現地で特に忘れられないのが、仮設住宅などで生活されていた方々の言葉です。
私たちは「少しでも役に立てれば」と思って行っただけでした。
ところが、被災された方のほうから、
「来てくれてありがとう」
「本当にありがとう」
と、涙ながらに何度も声を掛けていただきました。
大変な思いをされているのは、その方たちのほうです。
それなのに、遠くから来た私たちのことを気遣い、感謝してくださいました。
私としては、何かをしてあげたという感覚よりも、 むしろこちらのほうが、人の温かさを教えていただいた という気持ちのほうが強く残っています。
ドイツから能登へ来ていた女性との出会い
ボランティアには、本当にいろいろな場所から人が集まっていました。
その中に、ドイツからわざわざ参加されていた60歳くらいの女性がいました。
とても大柄で力持ちの、頼もしい方でした。
話を聞いてみると、以前、石川県の大学で教授として教えていた経験があり、さらに東京の三鷹にも住んでいたことがあるとのこと。
東京の話も出て、すっかり意気投合しました。
海を越えてドイツからやって来る人までいる。
「あの場所のために何かしたい」という思いには、距離はあまり関係ないのかもしれません。
珠洲で出会った人が、実は八王子市南大沢のご近所でした
もう一つ、とても不思議なご縁がありました。
ボランティアバスの中で仲良くなった方と話をしていると、その方はなんと珠洲市の生まれでした。
今でも珠洲にはご親戚が住んでいて、 「親戚や地元のために何かしたくて来たんです」 と話してくださいました。
さらに現在のお住まいを聞いてみると、東京都八王子市の南大沢。
私の生活圏からも、とても近い場所でした。
東京にいれば近くに暮らしている二人が、遠く離れた石川県の珠洲で出会う。
人の縁というのは、本当に不思議なものだなと思いました。
リフォームの相談でなくても、少し聞いてみたいことがあれば
「うちも対象なのかしら?」という窓や補助金のご質問はもちろん、 石川県や能登にゆかりのある方がいらっしゃれば、そんなお話も遠慮なく聞かせてください。 質問が整理されていなくても大丈夫です。
千葉の豪雨、熊本の地震。災害はやはり遠い出来事ではありません
この記事を書いている2026年にも、各地で大きな災害が起きています。
2026年8月13日からは、千葉県で大雨による大きな被害が発生し、国も 「令和8年8月千葉豪雨」として被害状況を公表しています。
また、2026年7月に発生した令和8年熊本地震では、 私たちが窓工事で日頃から取り扱っているYKK APの熊本県八代市にある九州製造所でも被害がありました。
YKK APの公式発表では、九州製造所の敷地内で液状化が発生し、建屋、生産設備、倉庫にも被害が確認され、生産停止などの影響が出ました。
普段から窓や住宅設備を扱い、メーカーの製品をお客様のお宅へ取り付けている立場として、 こうしたニュースを聞くと、やはり人ごととは思えません。
災害は、被災した場所だけの問題ではありません。
そこに工場がある会社、その会社の商品を扱う人、故郷がある人、親戚がいる人、友人がいる人。
いろいろなところで、人と人はつながっています。
大きなことはできなくても、できることを少しずつ
私は、災害ボランティアへ行ったことを、 「こんな立派なことをしてきました」 と言いたくてこの記事を書いているわけではありません。
現地へ行ってみれば、一人の人間、一人の職人にできることなど限られています。
それでも、一人ひとりのできることが少しずつ集まれば、誰かの助けになることがあります。
そして私自身、能登では被災された方々や、一緒に活動した方々から、逆にたくさん励ましていただきました。
困っているときは、お互いさまでいい。
2011年の岩沼市でも、2024年の能登でも、結局私が感じたことは、そんなごく当たり前のことだったように思います。
遠く離れた故郷を心配している方へ
東京で普通に暮らしているように見えても、 遠くにいるご両親やご兄弟、ご親戚、昔の友人のことを心配されている方は、たくさんいらっしゃるのだと思います。
その気持ちは、普段なかなか人に話す機会がないかもしれません。
私自身も、東京に暮らしながら、生まれ故郷の岩沼市が被災した経験があります。
ですから、 遠く離れたところから故郷を心配する気持ちは、決してひとりだけのものではありません。
石川県や能登にゆかりのある方、東北や熊本、千葉など被災した地域に大切な方がいらっしゃる方。
もしリフォームのご相談で私がお宅へ伺うことがありましたら、そんなお話もよかったら聞かせてください。
リフォームの質問がまとまっていなくても構いません。 小さな困りごとでも大丈夫です。
LIXIL窓マイスターの小笠原が、相談窓口から現地確認、説明、施工管理まで中心になって対応しています。 必要のない工事を強くおすすめすることもありません。
能登での活動を終えて
2024年6月、能登半島地震の災害ボランティア活動に参加した
株式会社リフォームダイレクト代表・LIXIL窓マイスター 小笠原功二
私は被災地支援の専門家ではありません。
ただ、2011年に被災した故郷の岩沼市へ向かい、 2024年には能登へ向かった、一人の職人です。
その中で出会った人たち、掛けてもらった言葉、再会した友人たちのことを忘れずに、 これからも住まいに携わる者として、自分にできることを一つずつ続けていきたいと思っています。
そして、この記事を読んでくださった方の中に、 故郷やご家族を遠くから心配している方がいらっしゃったなら、
「同じような気持ちの人が、ここにもいるんだ」
と、少しだけ感じていただけたらうれしく思います。
よくあるご質問
Q. リフォームと関係のない話をしても大丈夫ですか?
はい、大丈夫です。住まいのご相談では、ご家族や故郷、これまでの暮らしのお話から、その家で何を大切にしたいのかが分かることもあります。無理にリフォームの話だけをする必要はありません。
Q. 小さな窓1か所だけでも相談できますか?
はい。内窓1か所や結露、寒さ、外からの音など、小さなご相談からでも構いません。水回り・電気・ガス・水道工事に関する国家資格を持つリフォーム会社として、トイレ、洗面、キッチン、水栓、システムバス、レンジフード、換気扇、コンセントなど、住まい全般のご相談にも対応しています。
Q. 内窓の補助金が使えるか分からなくても相談できますか?
はい。2026年は国の先進的窓リノベ2026事業や住宅省エネ2026キャンペーン、東京都のクール・ネット東京による高断熱窓などへの支援制度があります。対象製品、工事内容、申請時期などには条件がありますので、現地確認後に利用できる可能性のある制度を整理してご説明します。
Q. 現地調査では誰が来ますか?
原則としてLIXIL窓マイスターの小笠原が中心となって伺います。窓断熱のご相談では遠赤外線サーモカメラを使い、窓まわりや壁・床・天井などの表面温度をお客様と一緒に確認しながら、熱が逃げやすい場所や冷えが入りやすい場所を確認します。